にほんブログ村

2021年1月26日火曜日

(連載20)20-3「求めるもの」から「創り出すもの」へ

 

 

 

ここに一見全く相いれない

「支配したいという人間」と、

「自由のために生きていたいという人間」がいたとする。


 

 

けれど実際には、

この両者はともに「ひとつになりたい」という

自我の希望が生みだした、

同じベクトルを持つ人間である。

 


 

両者が否定しあえば、争いは必至である。

 

 


けれどもこの両者は、

もしも共有し共存することを望めば

融合することが可能なのだ。

 


 

この場合支配したいという人間は、

強力なリーダーとして自由を守るために働くことができるだろう。



 

そして自由のために生きていたいと願う人間も、

この指導者のために存在したいと

願えるように変わるのだ。


 

 

このように自我世界は融合するための元素であり、

各々が変化にあわせて成長する。

 

 


さらにこの場合、

結合した両者は

それぞれが単独で存在するよりも、

はるかに強い自我の希望をもつ

 

 

 

「求める者」から「創り出す者」への変容。

 

 

 

それは「引きつけるだけの重力」から生まれた

新しい世界を創造する

「核融合反応」への変化である。

 

 

 

 

 

 

 

 

このように自我のもつ希望

あるいは「求める心」は、

自我世界における「重力」であり「電磁力」である。 

 


 

生命世界における

命と命がお互いに引きあう力「本能」も、

我々の自我世界では「自我の希望」と同じ

「重力の概念」なのだ。


 

 

同じものを求める統合された力。


 


自我世界をもつこと、

それ自体が人間という生き物の本能なのだ。

 

 


そこには求める心があり、希望がある。


 

 

それが人間を構築する重力である。

 

 


 

 

この力学を運ぶ為に

全ての世界は存在する。

 

 

 

全ては存在ではなく力学なのである。

 

 


 

このように人間が何かを思う心、

そして何かとつながりたいと願う想いの全ては、

次元原理によって生みだされた

融合へとつづく道筋(ベクトル)である。

 


 

「人は一人では生きられない」のではなく、

「人間は人間(世界)と生きることによって人間となる」。

 


 

人はひとりで生きてはならないのだ。


 

 

この「次元原理」によって成りたつ世界で、

人間のあるべき姿は

何時いかなる時も「共有と共存」へと向かう。

 


 

そこに重力(希望)がある。

 


 

そのことさえ見失わなければ、

あなたは優れた船乗りとなり、

あなたの航海は

より豊かな海へとつづくものとなるだろう。



 

 

 

 

  

2021年1月19日火曜日

(連載20)20-2善でも悪でもない普遍の正しさ


 

 

 

 

人間は第7次元感情世界に属する生き物である。

 

 


支配欲や縄張り意識、独占欲、闘争本能などの動物的な重力も、

自我はその意思以前の感情世界において意識する。



またはそれを感じとることで思考する。

 

 

それゆえ自我世界は

この精神世界にただよう浮島のような存在であり、

感情世界をともなわない自我世界もまた

この世界には実在することができない。

 


 

自我世界だけが「人間」を形成する全てではなく、

それら感情世界もふくめた

あらゆる次元世界の多重構造をもつ概念が

「人間」である。

 

 

 

そのために理性が作る「自我社会」では

動物的本能は時に弊害を生みだして、

時には人々を混乱へと向かわせる。

 

 


けれどもその動物的本能をのり越えるためにこそ

次元原理が生命に用意した能力、

それが「自我世界」である。

 

 


もちろん動物的本能は悪ではない。

この動物的本能のベクトルの先で

我々の自我世界のベクトルは重なる。



これは「同じひとつの連鎖」である。

つまり結果的には

自我意識の拡大は動物的本能の飛躍、

及び更なる充足へつながる。

 


 

従って動物的本能も

「ひとつになりたい」という自我の求める心

すなわち人間の「希望」と同一なのだ。

 

 

 

このように自我世界は

常に「融合の加速」の為にある。

 

 

 

したがって我々は、

広がりゆく自我世界の「共有と共存の声」に耳を傾ければ良く、

それが人間の求める人間自身の声となる。

 

 

 

つまり自我世界は

精神世界に翻弄されるだけの存在ではなく、

精神世界もまた広がりゆく自我世界によって

その豊かさと面積を同時に拡大させる、

もう一人の「あなた自身」である。

 

 

 

荒れ狂う嵐に自らの自我を置くのか、

追い風の吹くおだやかな海に帆を広げるのか、

それは「あなた」自身で選ぶ選択肢なのだ。

 

 

 

この時あなたの手もとで

自我の行き先を指し示し、

あなた視野を明るく照らすものが

「知識」である。

 

 


それは出来る限り陽当たりの良い、

美しく強い船であることが望ましい。

我々はもっと、

ずっと先まで行けるはずなのだ。

 

 

 

 

 

真理が千差万別だといわれたのは、

「人間のもつ価値観」が

それぞれに異なるためである。

 

 

だが全ての人間は

価値観を見いだす為の力学を持ち

そこは最初から統合されている。

 

 


この多様性を持つ統合にこそ

人類の可能性があり、

これは第8次元世界としての

宇宙の広がりである。

 


 

原因と結果は

ここに回帰する。

 


我々は同じものだ。

 



 

同じ黄昏を見て「決意」を感じるのも

「失意」を覚えるのも

それは「人間」の捉え方であり、

だが当事者にとっては必然である。

 

 

感情の海も、

現実の世界も、

それは「あなたと同じもの」であり、

だからこそ世界はあなたの「鏡」である。

 

 


これが「モナドには窓がない」所以であり、

我々が「ひとつの同じ世界」であることの証明である。

 

 

 

この世界は常に正しい。

 

 

 

これまではその不変の正しさを理解するために、

我々には「科学」や「宗教」、

あるいは「芸術」といった

「様々な視点」が必要だったのだ。

 


 

では科学や宗教は本当の

「普遍の正しさ」となれるのだろうか。

 


 

それはこれからの我々次第である。













 

 

 

 

 

2021年1月12日火曜日

(連載20)20-1世界を統合する共通の言葉

 

20

世界を統合する共通の言葉

 

 

20-1内側と外側に区別はない

 

 

 

 

大統一理論が存在するということは、

あらゆる現象が全て同じ構造と同じ力学を持つ、

ということである。

 


 

「存在する点」が

体積や面積、長さも持たず、

存在しないものであること、

これは宇宙の原初にある「無」が

同じ構造を持つ為である。

 


 

この為に「存在する点」には

無限大の奥行きが生まれ、

それが連鎖として存在と力学は同じものである。

 

 


内側の無限大の奥行きと

外側の無限大の広さは同じものとして

そこに世界は誕生する。

 


 

「あなたという点」もこの世界と同じで

内側と外側に無限大に広がる領域を宿している。


 


すなわち本来存在するはずのない

内側と外側の境界線に位置する概念、

それが次元世界であり宇宙であり

我々人間である。

 

 


これが大統一理論であり、

本論文の語る「次元理論」である。

 

 

 

 

 

 

我々は日々の暮らしの中で、

誰かを否定したり、

あるいは誰かから否定された経験を

少なからず持っている。

 

 

そして否定された場合にも

明らかに自分の誤りであると判断できた場合には、

今後はまた共有しあうことは出来るだろう。

 

 

けれどもそれが「無理やりな統合」であったり、

あるいは「一方的な否定」の結果だとすると、

その後には他者に対する「否定の心」しか残らない。

 

 

つまり何かを否定することは、

そのままで何かから否定されることと同じである。

 

 

さらに「何かのために全てを否定(犠牲に)する人間」は、

その何かから否定された場合には、

自らの存在の全てを失うことだろう。

 

 

このように今

「自分が存在する」ということは、

可能な限り多くのものと共有する、

あるいは何かと深く根底まで理解し合うということである。

 

 

 

共有と理解は、

「自我の器」とも言うべき

人間の居場所なのだ。

 

 

 

 

 

ここまで次元理論がしめして来たように、

自我世界が次元世界として存在し

次元世界としての資質をもつものであれば、

自我世界は広がることにおいてのみ

この宇宙に存在する。

 

 

存在(実在)するとは常に

「力学の拡大する状態」である。

 

 

そして自我世界が広がるとは

「共有し共存すること」であり、

それは自分も含めた多くの次元世界への理解によって

自らの中に新しい領域を開拓することである。

 

 

それは同時に他の次元世界の中に

「あなた自身を拡大する」ことでもある。

 

 

 

これは「他者の空間の中に自らの世界の空間を広げる」ことであり

「自分の中に他者の次元世界を広げる」ことと同じベクトルである。



その結果双方はより多くの価値観を覚え

「お互いに成長(拡大)する」という原因を生む。

 

 

 

我々の宇宙では結果は常に原因と等しい。

 これが科学なのだ。

 

 


それゆえ自我意識に宿るそれら多くの価値観は、

最終的には人間自身の存在を変えていく。

 

 

 



このように自我世界は

広がりと結びつくために、

日々のあらゆるものとの出会いの中で

共有と共存とを確かめている。

 

 

 

従って一つの価値観だけに執着し、

自分とは相いれないもの全てを否定する人間は、

やがてその自我世界にも終焉をもたらすことだろう。

 

 

 

元々無と同一の「実体」である自我世界は、

その初期からあらゆる次元世界との理解と共有によって

形成されている。

 

 

そして自らの世界に外側の宇宙を取り込むということは

「学ぶ」という事であり、すなわち理解する事、

これは共有という相互理解によって

外側の宇宙に自己の領域を与える行為である。

 

 

 

このように「学び」の目的は拡大することにあり、

「外側の世界を自らに取り込む」とは

自己の再発見として

同化や融合と同じ物理学である。

 

 

人間の理解力や共感力、

悟り、覚醒といった感覚の全ては

この同化(拡大)の為にある。