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2017年9月1日金曜日

モナドの声を聞く 2-5


点も線も形も

全ての空間も、

この宇宙に「同じもの」は
何ひとつ存在しない。


何ひとつとして。


「存在する線」を創りだす
「存在する点」の概念が、
存在の全てを持たない為である。


体積や面積、長さ、
その全てを点は持たない。
外側から見れば存在しても、
その内側には全く何も存在しない点。


点は存在しない「存在する無」である。



これによって「存在する全てのもの」は
異質な「個性」であることを決定づけられ、
そこに生まれた不確実な「歪み」である。


存在しない無の世界に
特異な空間として存在する「わたし」。


あるいはこの「歪み」を創り出すことが
世界の目的なのだ。


歪みであること、
不安定な虚空であること、
その存在が揺らぐこと、
その全てが求められたことである。


そして時間と空間の波から派生する
最初の「歪み」、
あるいは戸惑い、
ためらい、
歓び、
それがこの宇宙に現れた最初の原子である。


つまり原子も
その始まりは平坦な空間に過ぎない。


面積を持たない線と同じ、
質量を持たない「時間と空間」。


蓄積された時空の歪みは、
そこにはじき出され重なった空間として
「原子」を誕生させる。


だからこそ原子の持つ重力は
「空間に作用する力学」なのだ。


質量によって空間が引き延ばされて、
その内側に向けて空間距離が増えるのは、
空間自体が重力に作用される実体だからである。
重力が物質にも働くのも、
物質が空間の一部分(同じもの)であるからだ。


空間と物質は同じもの。
そこに存在する等価原理。
それは世界の不満足と永遠の未完成。


そして空間と時間も
また等価である。
そのために重力は、
時間の流れに対しても
同じ影響力を持つ。


時間を等速と考えれば空間は歪み、
空間を均一なものとすれば時間は歪む。
これが光速度が不変となる
その所以である。


全ての原理には理由がある。
原理の存在を説明できるのが本当の科学なのだ。
そしてそれらの唯一の原因が
「この宇宙には何も存在しなかった」
というただ1つの大前提(大原理)である。


この大原理に理由は必要なく、
ただそれを理解して
そこから始まるだけである。


「失われた(中心に重なった)自己の空間を埋めるために
周り(内外)の空間を求める空間の復元力、
それが重力である。
その失われた空間の重なりあった中心に
原子核は存在する。
このように全ての力学の根底を
無が無であり続けようとする
存在する無が統括する。」


重力を生みだすこの空間の穴は、
その内外の空間を同時に引きつけている(存在する力学)。
そこに存在としての原子(核力)は創られるのだ。


これが我々の宇宙に物理学の誕生した
その瞬間である。


このように「世界とは異質で異なるもの」として
「宇宙」は生まれる。
けれども「同じもの」として。


つまり最初の世界(4次元時空)に
我々の宇宙(5次元物資世界)は
「重なった状態」で出現する。


「違う」からこそ生まれた。
異なる為だけに創られた。


原因と結果、そして目的は同じであり、
それ自体が「ひとつのモナド」である。



厳密には原子の
ひとつひとつにも
他の原子とは異なる
わずかな相違がある。


全ての存在に最初から与えられた
「わずかな違い」。


違うからこそ生まれた世界がある。
世界を創り上げる、わずかな相違の積み重ね。
宇宙は、
全てが異なる為に
無限大に拡大する。


我々はその違いを
「個性」と呼ぶ。
この「世界の多様性」が
存在を確定させるのだ。


原理(意志)とは
世界とわたしを分かつものである。


大宇宙から枝分かれした
小さな、けれどもひとつの同じ世界。
その一つひとつの宇宙が
「わたし」である。


世界を鼓舞し、
継続し、拡大し、
創造する、
確かな可能性のひとつが
「わたし」なのだ。


無が存在すれば
「わたし」は必ず存在し、
わたしはいつも
宇宙の範囲にいる。


わたしは永遠の旅を続ける。


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